英語語法研究

NoとNotの違いについて

(2008/5/3)  prepared by Okamura

1) 英語におけるnoは何を意味しているのか?ゼロを意味しているのではないか?

以下の三文は、noという形容詞がその後の名詞(money, time, book)をそれぞれ修飾している例文である。

I have no money with me. (私には手元に現金がない)
I have no time to study English. (英語を勉強する時間がない)
I have no book(s) in my bag. (カバンには、本は一冊も入っていない)

それに対して、下記の二文のnotは、いずれも動詞(be動詞、一般動詞attend)を否定している否定文である。

He is not a student but a teacher. (彼は学生ではなく、先生だ)
He could not attend the party because of his business.
  (仕事でそのパーティーに出席できなかった)

日本語訳を比べただけでは、いずれのグループも否定文のように思われる。「~ない」が含まれていて、存在や行為が否定されているからである。しかし、noが使われる実際の状況を見てみると自ずと違いが理解できる。

I have a lot of (much, some, a little, little, no) money with me.

この文の形容詞(句)の部分を眺めると、それぞれが量の程度を示す形容詞(数量詞)であることがわかる。この文をさらに量を明示した表現に変えると、

I have much (some, a little, little, no) amount of money with me.

「たくさんの」、「いくらかの」、「少しの」、「ほんの少しの」、「ゼロの量の」と、それぞれの形容詞がmoneyの量を規定する形容詞(数量詞)として機能していることがより明確に理解できる。(また、many, some, a few, few, noが付く可算名詞の場合も同様である) ここから、当座、次の仮説を導き出し、その仮説が、noを含む多様な表現の理解にどれほど有効なものであるかを検証していきたいと思う。

仮説:可算・不可算の名詞の前に置かれたnoは:
(1) noは形容詞で 「ゼロ数・量の~」を意味する数量詞である。
(2) noは、notと違い、一つの事象(指定、状況、存在、行為など)を否定するものではない。
(3) noを含む文は、否定文ではなく、肯定文である。

2) Not more (less) than ~とno more (less) thanの意味、用法の違い

a. Not more than 5 people came to attend the party.
  (パーティーに出席したのは5人以下でした)

b. No more than 5 people came to attend the party.
  (5人しかパーティーに出席しなかった)

(a)文では、more than 5(6人以上)という事象が否定されているため、その逆の「5人以下」の意味となる(全体集合がAとBの集合要素だけであれば、非A=Bである)のに対して、(b)文におけるNoは、more than 5という事象を修飾するのではなく、moreという名詞(more peopleと同じ)のみを修飾・限定している形容詞であるから、「5人を超える人数」を意味するmoreの数量がゼロであることを表現し、さらに、more thanが話者の心理的な期待を表現しているとみなすと、その期待を超える部分がゼロ人ということで、意味は「5人しか」という意味になる(逆に、no less than 5は「5人も」の意)。ゼロ人とは、何かを否定しているのではなく、単に人数がゼロであることを示し、(b)文は、肯定文である。このことは、Who knows? God knows.がいずれも「誰も知らない」と訳すにもかかわらず、否定文でないことが明らかであることからも推測できるだろう。

3) be動詞を否定するnotとゼロ量を意味するnoの事例

a. He is not a teacher but a student.
b. He is no teacher.

(a)文の前半は、He is a teacherを否定し、彼が先生以外の存在であることを示し、後半で、学生であるとしている。つまり、(a)文は否定と肯定とが一体化した文と言えよう。それに対して、(b)文は、否定文ではないため、but以下が提示されることはない。それは、(b)文が肯定文だからである。つまり、He is no teacher but a student.は非文である。(b)文の意味はというと、「彼は、ゼロ量の教師である」、つまり、「彼は教師としての資質はゼロである」、「彼が教師だなんて、とんでもない」等の意味となるだろう。ここでも大事なことは、日本語訳にひっぱられて(b)文を否定文であると解釈しないことである。
ここまで来ると、no more ~ thanを含む難解な表現も理解できるようになる。

4) No more ~thanを含む表現の解釈の仕方について

a. A whale is no more a fish than a horse is (a fish).
  (鯨が魚でないのは、馬が魚でないのと同様である)

日本語訳では、否定の「~でない」が出ているため、noを否定の形容詞として解釈しようと躍起になり、それが叶わぬ努力と知って、これは慣用表現だからそれとして棒暗記してしまおう、と諦めたことがないだろうか。だが、これまでの議論から、この英文は、肯定文であることを前提に解釈を進めるとどういう結果が出てくるだろうか?
分析しやすいように、(a)文のそれぞれの名詞的要素を記号化してみよう。

b. A is no more B than C is B. (AはC同様Bではない)

この(b)文は二つの命題、「AはBである」と「CはBである」とをno more ~ thanで結んで比較した文である。すでに、no more thanの説明で見たように、noはmoreという名詞を修飾していて、moreがゼロ量であることを示す。ということは、「AはBである」が真理である可能性と「CはBである」が真理である可能性とはまったく同一レベルであるというものである。併せて、前者の命題が真実である可能性は、後者の命題が真実である可能性よりも高いだろう、という心理的期待が働いていることも考慮しておく。

(b)文の前者の命題が真実であるかどうかの判断の根拠を後者の命題が真実かいなかに置いていることが比較構文の性質から理解できる。それでは、元の(a)文の「馬が魚である」という命題にもどって考えると、単純に生活形の相違からこの命題が真実でないことは、誰にとっても明白である。ここには否定はまったく入り込んでいない。ただあり得ない、馬鹿げた命題が措定されているだけである。この馬鹿げた命題と、生活形が類似しているがゆえに、「鯨が魚である」とする本題としての命題の真実性とが同じレベルであるとしているのである。どこにも否定は入り込んでない。このことすべてを織り込んだ訳を試みてみよう。

「鯨が魚であるという命題が真実である可能性は、馬が魚であるという命題が真実である可能性と同レベルである、ゆえに、馬が魚でないのは当然のことであるから、それと同じくらい明白に、鯨は魚ではないのだ」

結論としては、A is no more B than C is B. の文は、「AがBである」もっともらしい命題を、実際にはあり得ない組み合わせとしての命題「CがBである」とを比較し、同一レベルであると言うことによって、間接的に、「AがBである」ことを否定しようとする表現である。この文にはどこにも否定は存在しない。ただ、比喩的に否定しているに過ぎない。こうして、この表現の本来の意図がわかれば、容易に同種の新しい文を創ることが可能になるだろう。